人生で不動産や預貯金、借金などの相続が発生したとき、「このまま相続しても大丈夫か?」と悩むことがあります。特に、被相続人に借金がある可能性が高い場合、相続放棄(相続を辞退する手続き)を選択するケースもあります。
ただし、相続放棄は一度認められると原則として撤回できず、判断を誤ると大きな不利益になることも。また、手続きを間違えると認められないリスクもあります。
そこでこの記事では、司法書士の見地から、「相続放棄申述をする前に必ず確認しておきたいポイント」を整理しました。これらを押さえておけば、後悔・トラブルを未然に防ぎやすくなります。
相続放棄とは何か?~メリットとデメリット
相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の資産だけでなく、負債も含めたすべての財産を引き継がない選択を意味します。相続放棄をすると、相続人は最初から相続しなかったことになります。
メリット
- 借金や未払い債務を負担せずに済む
- 相続トラブル(債権者からの請求など)のリスクを回避できる
デメリット・注意点
- プラスの遺産(不動産、預貯金など)も一切受け取れない
- 相続放棄が認められない可能性がある(申述手続きミスなど)
- 他の相続人に手続き負担が回るケースがある
- 一度認められると原則として取り消せない
司法書士としては、相続放棄を安易に選ばず、財産と負債を総合評価したうえで判断するよう助言することが多いです。
確認ポイント①:相続財産を徹底的に調査する
相続放棄を申述する前には、被相続人の全体像を可能な限り把握する必要があります。
プラス財産とマイナス財産を把握する
相続財産には、「不動産・預貯金・株式」などのプラス財産だけでなく、「借金・未払金・保証債務」などのマイナス財産も含まれます。相続放棄はあらゆる財産を放棄する制度です。
特に、借金などは見えにくいため、以下のような方法を使って漏れを防ぎます。
- 銀行・証券会社に問い合わせて残高証明書を取得
- 信用情報機関(JICC・CICなど)で借入状況を確認
- 被相続人の郵便物や債権者からの通知をチェック
- 不動産について登記簿・固定資産税納税通知書を確認
不明債務の可能性を想定する
たとえ現在負債が見つからなくても、将来債権者からの請求が発覚する可能性があります。債権者が死後に請求してくるケースもあるため、余裕を持って検討すべきです。
確認ポイント②:熟慮期間(3か月)と期日計算
相続放棄の申述は、「相続開始を知った日」から3か月以内に行う必要があります。民法第915条に規定されています。
「相続開始を知った日」の正確な判断
この日とは、被相続人の死亡を知った日を指します。死亡日=知った日とは限らず、特に別居していて訃報が遅れて伝わった場合などは、知った日を慎重に判断する必要があります。
- 死亡日から3か月ではなく、知った日から3か月
- 知った日が確定できない場合、証拠を残しておく
- 期限を過ぎると原則として相続放棄はできなくなります。ただし、やむを得ない事情があれば熟慮期間延長の申請が認められる可能性もあります。
司法書士には、期日計算や延長申請の経験も多いため、期日ギリギリの場合は専門家の確認をおすすめします。
確認ポイント③:単純承認にならない行動を回避する
相続放棄をする意思があっても、一定の行動をとると「単純承認」と見なされ、相続放棄できなくなってしまいます。
単純承認とは
単純承認とは、相続を受け入れる意思表示をすること。たとえば以下の行為が典型例です:
- 相続財産を処分する
- 相続債務を一部でも返済する
- 遺産分割を協議する
- 遺産について管理や保存・利用を行う
これらの行為をしてしまうと、相続放棄を主張できなくなる可能性があります。
注意すべき具体例
- 銀行預金を引き出す
- 不動産を売却する
- 負債を支払う契約を結ぶ
- 相続人間で遺産分割協議を始める
相続放棄を決断したら、被相続人の財産に一切手を触れないことが鉄則です。
司法書士はクライアントに対して、単純承認にならないよう注意喚起し、手続き開始前の行動をガイドします。
確認ポイント④:必要書類と戸籍・住民票の取得
相続放棄申述には、法的に正しい書類を揃えることが求められます。不備や漏れは認められない原因となることがあります。
主な必要書類
※申述人が被相続人の子供の場合
- 相続放棄申述書(家庭裁判所所定の用紙)
- 被相続人の戸籍(または除籍)謄本(死亡の記載のあるもの)
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人(相続放棄をする人)の戸籍謄本 など
司法書士が関与する場合、これらの取得代行や必要書類リスト提供をサポートすることが多いです
司法書士は書類取得方法や戸籍整理のノウハウを持ち、漏れを防ぐ支援ができます。
確認ポイント⑤:申述先・家庭裁判所の確認
相続放棄申述は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出する必要があります。申述人の住所を管轄する裁判所ではないので注意が必要です。
提出方法と料金
- 窓口提出または郵送で提出可能
- 800円分の収入印紙を申述書に貼付(全国一律)
- 裁判所所定の郵券(返送用切手)などを同封
司法書士は、適切な管轄裁判所や提出形式、収入印紙・郵券の量を事前に確認して手続きミスを防ぎます。
確認ポイント⑥:相続放棄照会書・回答書への対応
相続放棄申述書提出後、家庭裁判所は申述人に対して照会書・回答書を送付し、申述の意思や過去行為を確認することがあります。
照会書とは
照会書(相続放棄照会書)は、申述人の意思が自由意思か、過去の行為が単純承認にあたらないかを確認する書類です。必ず送付されるとは限りません。
照会書の回答書には、以下のような内容が記載されることがあります
- 相続開始を知った日
- 財産・負債の概要
- 被相続人との関係性
- 遺産処分の有無
- 相続放棄の意思確認
回答時の注意点
- 正確かつ誠実に記入する
- 意思は変わらない旨を記す
- 書類到着後できるだけ速やかに返送
- 回答期限を過ぎると放棄が認められない可能性あり
司法書士は、照会書・回答書の内容チェックや記入サポートも行います。
確認ポイント⑦:受理通知や証明書の管理
相続放棄が認められると、家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が送付されます。これにより相続放棄が正式に成立します。
受理通知書と受理証明書
- 受理通知書:申述が受理されたことを通知する書類
- 受理証明書:相続放棄の事実を証明する書類(債権者対応、登記手続き、銀行対応などで必要)
重要な点:
- 受理通知書・証明書は紛失しないように大切に保管
- 他の相続人が不動産登記や金融資産処理をする際に、受理証明書の提示が求められることがある
- 受理証明書は申述人自身だけでなく、登記をする相続人などが申請可能
司法書士は、受理通知書・証明書の扱い・請求方法まで含めたフォローが可能です。
まとめ:相続放棄申述前には司法書士に相談を
相続放棄は、借金などのリスク回避手段として有効ですが、一歩間違えると非常に危険です。申述前に以下のポイントをしっかり確認することを強くおすすめします:
- 相続財産(プラス・マイナス)を徹底把握
- 熟慮期間(3か月)と起算日の正確把握
- 単純承認行為にならないよう行動を制御
- 必要書類を漏れなく揃える
- 正しい管轄家庭裁判所に提出
- 照会書・回答書に丁寧に対応
- 受理通知・証明書を適切に管理
これらは、司法書士が最も経験を積んできたポイントでもあります。専門の知識を活かすことで、トラブルを防ぎ、安心して手続きを進めることができます。
相続放棄を検討中の方は、ぜひ当事務所の司法書士までご相談ください。初回相談で現状を確認し、チェックすべきポイントを確認しながら進めさせていただきます。
<執筆者>
司法書士 齊藤 尚行
事務所:埼玉県さいたま市岩槻区東町二丁目8番2号KUハイツ1階