「名前だけ社長になってくれないか」「会社の経営には関わらなくていい」「登記だけだから問題ない」。
知人や親族、取引先などから、このように代表取締役への就任を頼まれることがあります。
しかし、実際には経営をしていないからといって、会社の登記上の代表取締役になったことによる責任までなくなるとは限りません。特に、会社の実質的な経営者が別に存在し、その人物に頼まれて「名義だけ」を提供する場合には、慎重な判断が必要です。
ここでは、代表取締役の「名義貸し」とはどのようなものなのか、どのような法的リスクが考えられるのか、すでに就任してしまった場合にはどう対応すべきなのかについて解説します。
代表取締役の「名義貸し」とは
代表取締役の名義貸しとは、簡単にいえば、実際に会社を経営・運営している人物と、会社の登記上の代表取締役が異なる状態をいいます。
典型的なのが、「自分が社長になると都合が悪いから、代わりにあなたの名前を使わせてほしい」「経営は自分がやるので、あなたは何もしなくていい」と頼まれるケースです。
経営に関与しなくても代表取締役になれるのか
実際に経営を行う人物が別にいること自体から、直ちに違法になるわけではありません。
たとえば、会社の業務を任されている人が実質的に日々の経営を行っているケースや、雇われた経営者が会社を運営しているケースもあります。
問題となるのは、なぜ本人ではなく別の人を代表取締役として登記するのか、そして、その登記によって誰かを欺いたり、会社の実態を隠したり、違法な行為に利用したりしていないかという点です。
株主・取締役・代表取締役は同じではない
会社では、「株主」「取締役」「代表取締役」はそれぞれ役割が異なります。
株主は、会社に出資して株式を保有する立場です。取締役は会社の経営を担う役員であり、代表取締役は会社を代表する権限を持つ取締役です。
したがって、「株主ではないから大丈夫」「実際にお金を出していないから責任はない」という単純な話ではありません。
「雇われ社長」と「名義貸し」は違う
会社から正式に経営を任され、必要な情報を受けたうえで業務を行っている「雇われ社長」と、最初から「あなたは名前だけでいい」と説明されて就任するケースは区別する必要があります。
後者では、代表取締役として必要な会社の状況を把握できないまま、登記上の肩書だけを引き受けることになるため、特に注意が必要です。
名前だけでも取締役としての義務はなくならない
「会社のことは何も知らない」「実際の経営は別の人がしている」という事情だけで、取締役としての立場が消えるわけではありません。
取締役には、会社に対して善管注意義務や忠実義務などがあり、会社の業務について適切に監督することが求められます。
「何もしていない」は必ずしも免責理由にならない
たとえば、会社で重大な問題が発生していたにもかかわらず、代表取締役として必要な確認や監督をまったく行っていなかった場合、その経緯によっては責任を問われる可能性があります。
もちろん、代表取締役として登記されているというだけで、会社に発生したすべての損害について個人が責任を負うわけではありません。
重要なのは、実際の経営状況、本人がどのような認識を持っていたのか、どのような関与をしていたのか、必要な監督を行っていたのかなど、具体的な事情です。
会社の借金を個人で返済する必要はあるか
「代表取締役になったら会社の借金を全部自分が払うことになるのではないか」と心配する方もいるでしょう。
原則として、会社は法人として独立した権利義務の主体です。そのため、代表取締役として登記されただけで、会社の借入金について当然に個人が返済義務を負うわけではありません。
ただし、法律上の要件を満たして役員個人の責任が問題となる場合などは別です。
「名前だけだから借金についても絶対に関係ない」と考えるのは危険です。就任前に、会社にどのような借入れや保証、契約が存在するのかを確認しておく必要があります。
名義だけの代表取締役になる具体的なリスク
「何もしなくていい」という説明を信じて代表取締役になると、後からさまざまな問題に巻き込まれる可能性があります。
1.会社法上の責任を問われる可能性
取締役には会社を適切に運営・監督する立場としての義務があります。
実際の経営を他人に任せていたとしても、重大な問題を知りながら放置していた場合などには、責任が問題となることがあります。
2.金融機関や取引先から説明を求められる
代表取締役として登記されていれば、金融機関や取引先から会社の経営状況について確認を求められることがあります。
「私は名前だけなので分かりません」という説明では済まない場面も考えられます。
3.税務署や年金事務所などから連絡が来る
会社に税務・社会保険などの問題が生じれば、登記上の代表者に連絡や確認が行われることがあります。
実際に経営していなかったとしても、会社の代表者として事情を確認する必要が生じる可能性があります。
4.違法事業や詐欺などに会社が利用される
特に注意したいのが、会社を犯罪や違法な取引に利用されるケースです。
「代表者の名前を貸してほしい」という依頼の裏に、実質的な経営者の身元を隠したい事情が存在することもあります。
自分では違法行為をしていないつもりでも、会社の代表者として捜査や事情確認の対象になるなど、大きな負担につながる可能性があります。
5.簡単に辞められない場合がある
「嫌になったらいつでも辞めればいい」と考えるのも危険です。
辞任すること自体と、会社から代表取締役を外すための手続は別問題です。会社の状況によっては、辞任後の登記や後任者の選任が問題になることがあります。
6.新しい代表者の選任・変更登記が進まない
代表取締役を辞任しても、後任者が決まらなければ会社の運営に支障が生じることがあります。
また、会社側が変更登記に協力しない場合には、別途対応を検討しなければなりません。
7.印鑑証明書や本人確認書類を悪用される
代表取締役への就任手続では、印鑑証明書などの本人確認書類が必要になることがあります。
「手続に必要だから」と渡した書類がどのように管理されるのか分からない状態は非常に危険です。不要な書類まで安易に渡さないことが重要です。
代表取締役への就任を頼まれたら確認すること
「名前だけでいい」と頼まれた場合、少なくとも次の事項を確認しましょう。
- 実際に会社を経営するのは誰なのか
- なぜその人物が代表取締役にならないのか
- 会社の株主は誰なのか
- 会社にはどの程度の借入金や債務があるのか
- 会社はどのような事業を行うのか
- 金融機関や取引先との契約状況はどうなっているか
- 税金や社会保険に未払いがないか
- 会社の通帳や印鑑を誰が管理するのか
- 実質的な経営者からどのような指示を受けるのか
そして、これらについて十分な説明を受けられない場合には、就任しないことが安全です。
特に、「詳しいことは知らなくていい」「書類に名前を書くだけ」「絶対に迷惑はかけない」といった説明だけで判断するのは避けましょう。
すでに名義を貸してしまった場合の対応
すでに代表取締役として登記されている場合は、まず会社の現状を確認することが大切です。
会社の登記事項証明書を取得し、自分が現在も代表取締役として登記されているのかを確認しましょう。
そのうえで、会社の実質的な経営者、株主、取引状況、借入れ、税務・社会保険の状況などを可能な範囲で確認します。
会社とのやり取りについては、メールやメッセージなどの記録を保存しておくことも重要です。「名前だけでいいと言われた」という経緯がある場合、その事実を確認できる資料が後の対応で重要になる可能性があります。
すでに不正な取引や犯罪への関与が疑われる状況であれば、自分だけで解決しようとせず、早めに専門家へ相談してください。
辞任と代表取締役変更登記
代表取締役を辞めたい場合には、単に会社の仕事をしなくなるだけでは足りません。
取締役そのものを辞任するのか、取締役として残ったまま代表取締役だけを退くのかによって、必要となる手続が異なります。また、会社の機関設計や定款の内容によっても対応は変わります。
辞任した場合には、会社側で役員変更の登記が必要となります。
会社が変更登記を行わない、後任者を決めてくれないなどの問題がある場合には、登記上の状態を確認したうえで、どのような手続が可能なのか専門家に相談することをおすすめします。
司法書士・弁護士・警察のどこへ相談するか
相談先は、現在どのような問題が起きているかによって変わります。
会社の登記状況を確認したい、代表取締役の辞任や役員変更登記について手続を確認したいという場合は、司法書士への相談が適しています。
一方、会社の借金、損害賠償、取締役としての責任、契約上のトラブルなど、法的責任そのものについて詳しく相談したい場合は、弁護士への相談を検討します。
また、会社が詐欺や横領などの犯罪に利用されている疑いがある、犯罪行為への関与を強要されているといった場合には、警察への相談も必要になります。
「名前だけだから大丈夫」という言葉だけを信じて代表取締役になるのはおすすめできません。代表取締役として登記される以上、会社の実態を知らないまま名義だけを提供することには相応のリスクがあります。
就任を頼まれた段階で少しでも不自然な点があるなら、安易に印鑑証明書や本人確認書類を渡したり、書類に署名・押印したりせず、まず専門家に相談しましょう。すでに就任してしまった場合も、現在の登記状況を確認し、必要な手続や今後の対応を早めに検討することが重要です。
<執筆者>
司法書士 齊藤 尚行
事務所:埼玉県さいたま市岩槻区東町二丁目8番2号