「親が認知症になったら、預貯金や不動産はどうなる?」
「今のうちに何を準備しておけばいい?」
「家族信託と任意後見は、どちらを選べばいい?」
親が高齢になると、このような不安を感じる方は少なくありません。
認知症などによって本人の判断能力が低下すると、財産管理や契約などについて、本人だけでは手続きを進めることが難しくなる場合があります。法務省も、判断能力が不十分な方を支援する制度として、法定後見制度と任意後見制度を案内しています。
重要なのは、「まだ元気だから大丈夫」と先延ばしにせず、親自身が元気で判断できるうちに、将来の財産管理や相続について準備しておくことです。
この記事では、司法書士への相談が多いケースを踏まえ、親が認知症になる前に検討しておきたい7つの対策について、具体的な手続きとともに解説します。
親が認知症になる前の準備が重要な理由
認知症対策で最も重要なのは、本人に十分な判断能力がある段階で準備を始めることです。
たとえば、将来の財産管理を誰かに任せたい場合でも、本人が契約内容を理解して意思決定できることが前提となる手続きがあります。
そのため、
「認知症になってから考えればいい」
ではなく、
「元気なうちに、認知症になった場合に備えておこう」
という考え方が重要です。
家族だから親の財産を自由に管理できるわけではない
ここは特に誤解されやすいポイントです。
親が認知症になったとしても、子どもだから当然に親の財産を自由に処分できるわけではありません。
たとえば、
- 親名義の不動産を売却する
- 親の預貯金を使って大きな契約をする
- 親に代わって契約を締結する
- 親の財産を管理して介護費用などに充てる
といった場面では、本人の判断能力や代理権限の有無が問題になります。
判断能力が不十分になった場合に、財産管理や契約などを支援する制度として成年後見制度があります。
だからこそ、認知症になる前に「誰が、どのように財産を管理するのか」を決めておくことが重要です。
親が認知症になる前にやるべき7つのこと
ここからは、実際に準備しておきたいことを7つ紹介します。
1.親の財産を一覧にする
最初に行いたいのが、財産の把握です。
親本人しか財産の内容を把握していない状態では、判断能力が低下した後に家族が困る可能性があります。
まずは、次のような財産を確認してみましょう。
預貯金
- 銀行
- 信用金庫
- ゆうちょ銀行
- ネット銀行
不動産
- 自宅
- 土地
- 賃貸アパート
- 駐車場
- 共有不動産
その他の財産
- 株式
- 投資信託
- 保険
- 自動車
- 貴金属
- その他の重要な資産
さらに、借入金やローンなどの負債についても確認しておきます。
財産一覧表を作っておく
たとえば、次のような一覧表を作っておくと、家族が状況を把握しやすくなります。
| 財産 | 金融機関・所在地 | 名義 | おおよその内容 |
|---|---|---|---|
| 預金 | ○○銀行 | 父 | 普通預金 |
| 不動産 | ○○市○○町 | 父 | 自宅土地・建物 |
| 株式 | ○○証券 | 父 | 上場株式 |
| 保険 | ○○生命 | 父 | 生命保険 |
通帳や証券会社からの通知など、財産の存在を確認できる資料の保管場所も整理しておくと安心です。
2.家族で「将来どうするか」を話し合う
制度を利用する前に、まず親本人の希望を確認することも大切です。
たとえば、
- 認知症になったら誰に財産を管理してほしいか
- 自宅に住み続けたいか
- 介護施設への入所をどう考えているか
- 自宅を将来売却する可能性があるか
- 賃貸不動産を誰に管理してほしいか
- 相続についてどのように考えているか
などです。
重要なのは、家族だけで勝手に決めるのではなく、親本人の意思を確認することです。
親が元気なうちに希望を聞いておけば、その後に利用する制度を選びやすくなります。
3.任意後見契約を検討する
認知症などによって将来判断能力が低下した場合に備える代表的な制度が、任意後見制度です。
任意後見制度では、本人に十分な判断能力があるうちに、将来、判断能力が不十分になった場合に備えて、任意後見人となる人や委任する事務の内容をあらかじめ決めておきます。
法務省によると、任意後見契約は公正証書によって締結する必要があります。
任意後見制度の流れ
大まかな流れは次のとおりです。
①本人が元気なうちに任意後見契約を締結
↓
②将来、本人の判断能力が低下
↓
③家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てる
↓
④任意後見監督人が選任される
↓
⑤任意後見人が契約で定めた事務を行う
任意後見契約は、契約を結んだだけで直ちに任意後見人が本人に代わって財産管理を始める制度ではありません。家庭裁判所によって任意後見監督人が選任されることで、任意後見契約の効力が生じます。
任意後見制度が向いているケース
たとえば、
「将来判断能力が低下したら、この子に財産管理を任せたい」
というように、将来の財産管理を任せる人や内容について、本人の意思であらかじめ決めておきたい場合に検討できます。
4.家族信託・民事信託を検討する
認知症対策として、近年相談が増えているのが**家族信託(民事信託)**です。
家族信託では、財産を持っている親が、信頼できる家族などに財産の管理・運用・処分を託す仕組みを設計します。
特に、
- 自宅や収益不動産を所有している
- 将来、自宅を売却する可能性がある
- 賃貸不動産を所有している
- 親が所有する不動産を将来にわたって管理したい
といったケースでは、家族信託を検討する意味があります。
家族信託と任意後見は同じではない
ここは注意が必要です。
家族信託と任意後見は、どちらも認知症対策として利用されますが、目的や仕組みは異なります。
そのため、
「認知症対策なら家族信託が一番」
と単純に考えるのではなく、親の財産状況や家族関係、将来の希望を踏まえて制度を選ぶ必要があります。
場合によっては、任意後見、家族信託、遺言などを組み合わせて検討することもあります。
5.遺言書を作成する
認知症対策では、財産管理だけでなく、将来の相続についても準備しておくことが重要です。
特に、
- 子どもが複数いる
- 再婚している
- 前婚の子どもがいる
- 不動産が主な財産
- 特定の子どもに自宅を相続させたい
- 相続人以外に財産を残したい
といった場合には、遺言書の作成を早めに検討するとよいでしょう。
遺言書は「元気なうち」に作る
遺言についても、本人の意思に基づいて作成する必要があります。
そのため、将来の相続について希望がある場合には、判断能力が十分な段階で準備することが重要です。
自筆証書遺言については、法務局による「自筆証書遺言書保管制度」もあります。
この制度では、法務局が遺言書を保管し、紛失や改ざんなどのリスクを抑えることができます。
なお、法務局は遺言書の内容について相談を受ける制度ではありません。内容について専門的な検討が必要な場合には、法律専門家への相談を検討しましょう。
6.不動産の名義と管理状況を確認する
親の認知症対策では、不動産の確認も非常に重要です。
特に注意したいのが、
「親名義の自宅しか財産がないと思っていたら、実は別の土地も所有していた」
「親と祖父母の共有名義になっていた」
といったケースです。
確認しておきたいのは、
- 土地の所在地
- 建物の所在地
- 所有者
- 共有者
- 抵当権などの権利関係
- 固定資産税の納付状況
- 賃貸している不動産の有無
などです。
登記事項証明書や固定資産税関係の資料などを確認し、不動産の全体像を把握しておくことが大切です。
不動産を将来売却する可能性がある場合には、認知症対策と不動産管理を一緒に検討することをおすすめします。
7.重要書類・連絡先を整理する
最後に、意外と重要なのが書類や情報の整理です。
親が元気なうちに、次のような情報を整理しておくと、将来の手続きがスムーズになります。
整理しておきたい情報
- 戸籍関係の情報
- 預貯金口座
- 不動産関係書類
- 保険契約
- 証券口座
- 年金関係書類
- 借入金・ローン
- 重要な契約書
- 印鑑・印鑑証明書に関する情報
- 専門家や金融機関の連絡先
ただし、通帳・印鑑・キャッシュカードなどを家族が勝手に管理・使用するのではなく、本人の意思と適切な権限に基づいて管理することが重要です。
認知症になる前に準備しておきたいチェックリスト
ここまでの内容を簡単にまとめます。
財産について
□ 預貯金を把握した
□ 不動産を確認した
□ 株式・投資信託などを確認した
□ 保険を確認した
□ 借入金などの負債を確認した
家族との話し合い
□ 財産管理を誰に任せたいか確認した
□ 自宅をどうするか話し合った
□ 介護や施設入所について希望を確認した
□ 相続について本人の希望を聞いた
法的な準備
□ 任意後見制度を検討した
□ 家族信託を検討した
□ 遺言書を検討した
□ 不動産の名義・権利関係を確認した
任意後見・家族信託・遺言はどう使い分ける?
3つの制度は目的が異なります。
| 制度 | 主な目的 | 検討するタイミング |
| 任意後見 | 将来の財産管理・契約などへの備え | 判断能力が十分なうち |
| 家族信託 | 財産の管理・運用・処分の仕組みづくり | 判断能力が十分なうち |
| 遺言 | 死亡後の財産の分け方を決める | 判断能力が十分なうち |
たとえば、
「認知症になった後の財産管理」
と
「亡くなった後の相続」
は別の問題です。
そのため、相続対策だけを考えて遺言書を作成しても、認知症になった後の財産管理については別途検討が必要になる場合があります。
逆に、家族信託だけを設定しても、相続全体について十分な対策ができるとは限りません。
親の財産、家族構成、将来の希望をまとめて考えることが大切です。
認知症対策は「何をするか」より「いつするか」が重要
認知症対策で最も避けたいのは、
「もう少し後でいいだろう」
と先延ばしにすることです。
任意後見契約や遺言など、本人の意思に基づいて準備する制度は、本人が十分に判断できる段階で検討する必要があります。
だからこそ、
「まだ元気だから必要ない」のではなく、「元気な今だからこそ準備できる」
と考えることが重要です。
司法書士に相談するときに準備しておきたいもの
司法書士へ相談する場合は、次のような資料をできる範囲で準備しておくと、具体的な検討がしやすくなります。
- 家族構成が分かる情報
- 不動産の所在地
- 固定資産税の資料
- 預貯金の概要
- 保険や証券に関する資料
- 既に作成している遺言書
- 借入金などの情報
- 親本人が希望していること
すべてを完璧に準備する必要はありません。
「何から始めればいいか分からない」という段階でも、現在分かっている情報を整理して相談することで、必要な対策を検討しやすくなります。
まとめ|親が元気なうちに認知症対策を始めましょう
親が認知症になった場合に備えるためには、判断能力が十分なうちに準備を始めることが重要です。
まずは次の7つから始めてみましょう。
- 親の財産を把握する
- 家族で将来について話し合う
- 任意後見制度を検討する
- 家族信託・民事信託を検討する
- 遺言書を作成する
- 不動産の名義・権利関係を確認する
- 重要書類や情報を整理する
すべてのご家庭に同じ対策が必要なわけではありません。
自宅しか財産がない家庭と、複数の不動産や金融資産を持つ家庭では、適した対策が異なります。また、子どもの人数、再婚の有無、親子関係、将来の介護や不動産売却の予定などによっても検討内容は変わります。
だからこそ、親本人の希望を確認しながら、家族の状況に合った制度を選ぶことが大切です。
「まだ元気だから」と先延ばしにせず、まずは財産の整理と家族での話し合いから始めてみてはいかがでしょうか。
認知症対策・任意後見・家族信託・遺言のご相談は司法書士へ
「親の財産を将来どう管理すればいいか分からない」
「任意後見と家族信託のどちらが適しているか知りたい」
「親が元気なうちに遺言を作っておきたい」
「不動産を所有しているので、認知症になった場合が心配」
このような場合には、早めに司法書士などの専門家へ相談することをおすすめします。
認知症対策は、問題が起きてから対応するよりも、本人が元気で意思表示できる段階から準備することが大切です。
親と家族が安心して将来を迎えるためにも、まずは現在の財産と希望を整理するところから始めてみましょう。
<執筆者>
司法書士 齊藤 尚行
事務所:埼玉県さいたま市岩槻区東町二丁目8番2号KUハイツ1階